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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)54号 判決

原告 佐藤政男

原告 五十嵐義雄

右両名訴訟代理人弁護士 橋本雄彦

被告 兼松江商株式会社

右代表者代表取締役 町田業太

右訴訟代理人弁護士 長谷川勉

同 澤荘一

主文

原告らの本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

被告は、原告佐藤政男に対し金一九、四七八、六〇〇円、同五十嵐義雄に対し金三六、九二一、四〇〇円及び右各金員に対する昭和四七年一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  注文者観光総業株式会社(以下、観光総業という)は、昭和四二年五月二六日請負人被告との間で町田スポーツガーデン水泳プール及びスケートリンク(夏期は水泳プールとして冬期はスケートリンクとして使用される設備)建設工事(以下本件工事という。)につき左記約定による請負契約(以下本件請負契約という。)を締結した。

1 工事場所 町田市南大谷一号五〇番

2 完成日  水泳プール施設につき昭和四二年八月一五日スケートリンク施設につき同年一〇月三一日

3 引渡日  完成後一〇日以内

4 代金   一億一〇〇〇万円

5 代金支払方法及び条件

(1) 昭和四二年五月三一日 五〇〇万円

(2) 同 年七月三一日  一〇〇〇万円

(3) 同 年一〇月三一日  二二〇万円

(4) 同年一一月より昭和四五年三月まで毎月末日かぎり金三二〇万円ずつ。

(5) たゞし、観光総業が右割賦弁済金の支払を二回以上怠ったとき、または手形交換所の不渡処分を受け、支払停止の状態に陥ったときは何らの通知催告を要せず、期限の利益を失い、残額全部を直ちに支払う。

(6) 遅延損害金 日歩五銭

6 前記施設に備付けた冷凍設備機械は、右代金完済まで被告に所有権を留保する。

(二)  右観光総業の代金債務を担保するため、原告佐藤はその所有にかゝる町田市南大谷一九号一六一三番山林一反五畝二〇歩、同号六一二番山林一反一五歩につき、原告五十嵐はその所有にかゝる同所一〇号七八六番の一山林四反八畝二九歩につき、それぞれ極度額を一億二〇〇〇万円とする根抵当権を設定し、その旨の登記を了した。

(三)  観光総業は、被告に対し前記請負代金として昭和四二年五月三一日、同年七月三一日、同年八月一五日各金五〇〇万円を支払い、そのほか約定の延払利息として同年八月三一日、同年九月三〇日各金四三四、五八〇円を支払った。

(四)  被告は、昭和四二年七月末日本件工事のうち水泳プール施設工事を完成し、これを観光総業に引渡した。

(五)  被告は、同年九月初めより本件工事のうちのスケートリンク工事に着工したが、原告らとともに本件請負代金債務につき連帯保証をなし右債務担保のためその所有不動産に根抵当権を設定していた日本ドライバーサービス株式会社(以下日本ドライバーという。)が、同年一〇月三日不渡処分を受けたので、被告は、そのことを理由に、同月六日右スケートリンク工事を中止した。

≪以下事実省略≫

理由

一  請求原因(一)ないし(四)の事実、及び同(五)のうち被告が昭和四二年九月初めより本件工事のうちのスケートリンク工事に着工し、同年一〇月六日右工事を中止したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、被告が昭和四二年一〇月六日右スケートリンク工事を中止し、遂にこれを完成しなかったことが、被告の債務不履行にあたるか否かについて判断する。

1  ≪証拠省略≫によると、次の事実を認めることができる。すなわち、観光総業は、町田自動車学校の経営、自動車関係の雑誌の発売を業とする日本ドライバーが、本件町田スポーツガーデン経営のために設立した別会社であって、日本ドライバーと経営者、事務所を同じくし、同社から資金の融通をうける等、同社と運命を共同する関係にあったこと、ところが、日本ドライバーは、昭和四二年八月頃から経営が悪化して資金繰りに窮するようになり、同年九月下旬には手形決済のできないことが必至の状況に立ち至ったので、日本ドライバー及び観光総業の代表取締役を兼任していた五十嵐三雄は、同月二九日頃会社事務所に被告を含む右両会社の債権者を集め、日本ドライバー振出の約束手形を不渡にせざるを得なくなった旨申し述べ、右両会社の再建につき協力を要請したこと、日本ドライバーの経営悪化に伴い、観光総業の資金繰りも極度に悪化し、水道料の支払も遅滞し、同月末日に被告に支払った本件請負代金の繰延べ利息金四三四、五八〇円も、日本ドライバーの電話加入権を売却してようやくその資金を調達したこと、そして、日本ドライバーは同年一〇月三日不渡手形を出して倒産したこと、以上のような状況から、観光総業は、すでに支払能力を失い、その被告に対する同月三一日を支払期日とする金二二〇万円の本件請負代金内金の支払も、右期日に履行されないことがほゞ確実となり、いつ、本件請負代金の支払の見込がつくか全くわからない状態に立ち至ったこと、そこで、被告は、本件請負残代金の支払を受けられる見込が立つまで、すでに着工していた本件スケートリンク工事を一時中止することゝし、同月六日右工事を一旦中止したこと、その後、観光総業は被告に対し本件請負残代金の支払の繰延べを伴う同会社の再建案を示し、前記工事の続行を求めたが、被告は、右代金支払方法等に関する再建案の内容を受入れることができず、右申入れに応じなかったこと、その際観光総業が新たな再建案を作って被告に提示すると約したので、被告は、本件スケートプールに設置した冷凍設備機械等を下請業者の株式会社東洋製作所の保管に委ねて前記工事を中止したまゝ、観光総業からの再建案の提示を待っていたが、観光総業は、昭和四二年一〇月三一日の履行期が到来した後も前記請負代金内金の支払ができず、前記再建案の提示もせず、昭和四二年一一月四日頃不渡手形を出して事実上倒産し、その後本件請負代金の支払を全くしなかったこと、そして、昭和四三年七月に至り、遂に前記機械類を現場に保全する限界に達し、かつ観光総業再建の見込も全く失われたと判断されるに至ったため、被告は、本件スケートリンク工事を決定的に中止することにし、右会社の同意を得たうえでその所有権を自己に留保していた前記冷凍設備機械(別紙物件目録(一)の物件のうち29、30を除く物件)を含む同目録(一)の物件を本件スケートプールから撤去し、後記認定のとおり、納入ずみの同目録(二)の物件(たゞし同目録9、17を除く。以下同じ。)とともに処分したこと、以上の事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

2  そして、本件請負契約には、注文者たる観光総業において支払能力を欠くことが明らかになったときには、請負人たる被告は契約を解除することができることの特約があることは当事者間に争いがなく、かつ≪証拠省略≫によれば、請負人の工事中止に関し、注文者が請負代金の前払、部分払の支払を遅滞し請負人が相当の期間を定めて催告してもなお解決の誠意が認められないときは、請負人において工事を中止することができる旨の特約があることを認めることができる。

3  右認定事実及び叙上当事者間に争いがない事実に基づいて判断するに、本来、請負契約においては、請負人の仕事完成義務は、注文者の請負代金支払義務との関係において先履行の関係にあり、もともと被告は、昭和四二年一〇月三一日に観光総業から本件請負代金内金二二〇万円の支払を受けるに先立ち、約定の履行日たる同日までに本件スケートプール工事を完成するべき義務があったというべきである。そして、被告が本件スケートリンク工事を中止した当時、観光総業において本件請負代金の支払を遅滞していたとは認められないから、被告の右工事の中止は、本件請負契約における前記工事中止に関する特約が定める場合に直ちにはあたらないといわなければならない。

しかし、本件請負契約の如く、注文者が支払能力を失ったときは請負人において契約を解除できる旨の特約が付せられている建築請負契約において、約定の仕事完成日の到来する以前に注文者が支払能力を失い、請負人が仕事を完成しても約定の弁済期に請負代金の支払を受けられないことが確実であり、かつ、いつ右支払を受けられるか、その見込が全く立たないという状況が客観的に明らかになった場合には、前記契約における信義則に照し、請負人は、右代金受領の見込が立つまで工事の施工を一時中止することができ、そのために約定の工事完成日を徒過したとしても、債務不履行の責を負わないものと解するのが相当である。もっとも、注文者において請負代金の支払能力を喪失した場合には、前記のような特約がある以上、請負人において請負契約を解除して工事完成義務を免れることができるが、請負人において注文者の支払能力の回復を期待し、契約を解除しないで一時工事を中止したまゝ事態の好転を見守ることが契約当事者双方の利益に合致することのあることを考慮すれば、右契約解除の途が残されていることをもって、前記のような解釈を否定することはできないと考えられる。また、本件請負契約につき前記のような工事中止に関する特約があるとしても、これを限定的な趣旨に解し、注文者において支払能力を喪失した場合においても、右特約の定める場合にあたらないかぎり一切請負人において工事を一時中止することができないと解することは、本件請負契約のような請負契約の解釈として妥当ではないというべきある。

4  前記認定事実によれば、被告が本件スケートリンク工事を一旦中止した昭和四二年一〇月六日当時、観光総業において支払能力を喪失し、被告において右工事を完成しても観光総業において本件請負残代金を約定どおり支払うことができないことは、当時の客観的事情に照して確実であり、また、いつその支払をなしうるか全く見込が立たない状況にあり、その後被告が観光総業との合意のもとに右工事を決定的に中止した昭和四三年七月頃に至るまで、右の事態は何ら改善されなかったものと認められる。

したがって、被告が昭和四二年一〇月六日本件スケートリンク工事を中止し、約定の日までにこれを完成しなかったことをもって、被告の責に帰すべき債務不履行であるということができない。したがって、右債務不履行を前提として観光総業に本件請負残代金の支払義務がないとする原告らの主張は失当であるといわなければならない。

三  原告らは、被告が前記のとおり本件プールから冷凍設備機械類を取りはずすに際しプールを破壊してその効用を毀滅し損害を蒙ったから、本件プール工事についても請負代金を支払うべき義務がないと主張するが、右プール破壊の事実について、これに副う≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫と対比して信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はないので、右原告らの主張は採用することができない。

四  そして、被告は、昭和四三年七月頃前記認定のとおりの経緯で本件スケートリンク工事を決定的に中止することゝし、観光総業の了承を得て前記被告に所有権を留保していた冷凍設備機械を含む別紙物件目録(一)の物件を右工事現場から撤去し、同目録(二)の物件とともに他に搬出したのであるから、右事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告は、右の頃観光総業において請負残代金を支払う見込が全く立たないため、同会社との暗黙の合意により、本件スケートリンク工事のうち未完成部分の工事につき本件請負契約を解約し、適正に評価された時価相当額をもって本件請負代金の一部の支払に充当する趣旨で、観光総業から前記別紙物件目録(一)、(二)記載の物件の引渡を受けたものと推認することができる。そして、かゝる場合には、被告は、本件請負代金額及び遅延損害金から、受領ずみの代金額及び被告において前記工事を完成しないことによって支出を免れた費用額、前記引受を受けた物件の適正な評価額を控除した金額を、観光総業から支払を受けることができるものというべきである。

≪証拠省略≫を総合すると、(1)被告は、観光総業から請負った本件スケートプールの建設工事を請負代金八、四〇〇万円の約で株式会社東洋製作所に下請させ、かつ本件スケートプールに備えつける設備備品類を代金二、〇〇〇万円の約で株式会社日本スケートプール研究所から購入したこと、(2)被告は、本件スケートリンク工事を一旦中止した昭和四二年一〇月六日までに、右東洋製作所に対し前記下請代金の内金六、〇〇〇万円を支払ずみであったが、同日までに同社のなした工事出来高は、金七二、五〇五、九二八円であったこと、(3)被告は、同日までに日本スケートプール研究所から前記購入にかゝる設備品全部の納入を受けて、本件スケートプール現場に備えつけ、代金全額を支払ずみであったこと、(4)被告は、東洋製作所に対し前記工事出来高金七二、五〇五、九二八円より前記支払ずみ代金六、〇〇〇万円を控除した残金一二、五〇五、九二八円の支払義務があったところ、昭和四三年九月一六日東洋製作所との間で、被告が観光総業より前記認定の趣旨で引渡をうけた別紙物件目録(一)、(二)の物件を、金一二、五〇五、九二八円と評価して、これを前記下請残代金の支払に代えて東洋製作所に譲渡し、同社との間の債権債務を清算したこと、(5)なお右物件は、本件スケートプール現場に約一年間備えつけられていたものであり、その間相当の損傷を蒙り、プール本体等はスクラップ同然となり、また貸靴等の備品類には町田スポーツガーデンの刻印が押されて商品価値が低下していたこと、以上の事実を認めることができ、≪証拠省略≫中前記(3)の事実認定に反する部分は前顕採用証拠と対比してたやすく信用できず、他に右(1)ないし(5)の事実認定を覆すに足りる証拠はない。

前記(3)の事実によれば、原告らの請求原因(一〇)2(1)の主張は失当であることが明らかである(他に右事実認定を覆して右原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。)。

また原告らは、前記被告が観光総業から引渡をうけ東洋製作所に代物弁済として譲渡した物件の評価額が不当に低廉であると主張し(請求原因(一〇)2(3)の主張)、≪証拠省略≫によれば昭和四二年九月三〇日現在における右物件中別紙物件目録(一)の物件のみの評価額は金一六、六六八、二一〇円であったことが認められるが、前記認定にかゝる(5)の事実に前顕採用証拠に照せば、被告が代物弁済に供した昭和四三年九月当時の評価額としては、前記認定にかゝる別紙物件目録(一)、(二)の物件の評価額たる金一二、五〇五、九二八円は不当に低廉であると認めることができず、他に前記原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

そうして叙上事実によれば、被告は本件スケートリンク工事を完成しなかったゝめ、東洋製作所に対する下請代金中金一一、四九四、〇七二円(下請代金八、四〇〇万円より前記出来高金七二、五〇五、九二八円を控除した金額)の支払を免れたものというべく、したがって、観光総業は被告に対し、本件請負工事につき、昭和四三年九月一六日当時、請負代金一億一、〇〇〇万円より支払ずみ代金一、五〇〇万円及び前記被告において支出を免れた費用額面一一、四九四、〇七二円を控除した残金八三、五〇五、九二八円、及びこれに対する履行期の翌日である被告主張にかゝる昭和四二年一二月一日(前記認定の観光総業の請負代金不払のため、請求原因(一)5(5)の特約により同年一一月末日履行期が到来したものと認められる。)より昭和四三年九月一六日まで約定利率日歩五銭の割合による遅延損害金一二、一〇八、三五九円、以上合計金九五、六一四、二八七円の支払義務があったというべく、これに、別紙物件目録(一)(二)の各物件の前記評価額金一二、五〇五、九二八円を、右遅延損害金、請負代金の順に充当すると、観光総業の被告に対する請負残代金債務額は金八三、一〇八、三五九円となったというべきである。

原告らは、右請負残代金より更に「綜合管理費」金六〇〇万円中未完成工事部分に相当する金二〇四万円を控除すべきであると主張するが(請求原因(一〇)2(2)の主張)、≪証拠省略≫によれば、右原告ら主張の綜合管理費とは、本件請負代金額から被告の前記東洋製作所及び日本スケート研究所に支払うべき代金を控除した差額、すなわち、被告が本件請負工事によって得べかりし利益額にあたることが明らかであるところ、本件請負工事が前記認定の程度の出来高(未完成部分は東洋製作所に対する下請代金一一、四九四、〇七二円に相当する部分にすぎない。)に達したにもかゝわらず、観光総業の代金支払不能(債務不履行)のため中止のやむなきに至り、未完成部分につき契約当事者の黙示の合意によって請負契約が解約されたという前記認定の事情に照せば、被告の請求しうべき請負代金債権については、債権者(観光総業)の責に帰すべき事由により債務者(被告)の履行が不能になった場合(民法五三六条二項)に準じて、右債権額から被告が本件請負工事を完成しなかったことによって免れた費用額のみを控除し、前記利益額は控除すべきではないと解するのが妥当であり、そのように解することが前記合意解約の趣旨にも合致するものと解する。したがって、前記原告らの主張は採用することができない。

そして、請求原因(八)、(九)の各事実は当事者間に争いがなく、結局被告は、原告らとの間で本件合意をなした当時、被告主張(被告の答弁(一〇)3)のとおり観光総業に対し金六五、六九四、三九五円の本件請負残代金債権を有していたというべきである。

したがって、右債権の全部または一部の不存在を前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるというべきであるからこれを棄却することゝし、訴訟費用につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒田直行)

〈以下省略〉

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